風のまにまに、言の葉を

清少納言の名を借り、日々のあれこれを気ままに記す随筆めいた言の葉たち。やや毒あり、雅多め。

安住殿、わが朝に帰り給ふの記

まず申し上ぐべし。
安住殿は、休まれたわけではない。
ただ、わがタイマーの設定が迷走し、
殿の御声が、しばし我が家より遠のいてゐたのみ。*1


されど、いまや再びその声、
朝の空気をやはらかに裂きて響きぬ。
いかに夜更かしをいたせど、
殿の声流るるとほぼ同時に瞼ふと軽くなり、
「おお、今日も生きておる」と思ふ。
まこと、これぞ安住大明神*2の御加護にてあらむ✨


効能? なし。
理由? たぶん気のせい。
されど人の心とは、理屈を超えたるものにて、
耳に馴染みたる声ひとつで、一日の調子さへ定まるものなり。


さて、土日。
同じ時刻にタイマー仕掛くれど、起きぬ。まったく起きぬ。
「え、なぜ?」と問ふまでもなく、答へは明白なり。——安住殿、そこにはおられぬ。*3


金曜? まあ、細かきことは申すまい。
愛殿もよし。されど、やはり主君の座は動かず。


かくて、わが朝の目覚め、
安住殿の声によりて定まりぬ。
スマホのアラーム? 鳴っておるに違ひなし。
されどあれは“音”、安住殿の声は“風情”なり。

朝に安住殿を聞き、夜に福山殿*4を聞く。
世の声とは、かくも人を支配するものか。

……などと格好をつけて書きながら、
実際は「よっしゃ、今日も起きられた!」とニヤつく、
ただの庶民のわらはなり🤣*5

*1:【管理人より】これは以下のお話の後日談です。

shonagon.hatenadiary.com

*2:【管理人より】からかってるわけではありません!本気ですから(笑)

*3:【管理人より状況説明】土曜日はラヴィット、日曜日はせっかくグルメ。朝起きての雰囲気ゼロです(笑)

*4:【管理人より説明】福山雅治さんの声も良いよねって思ったけど、朝聞く声じゃないよね...が由縁の福山殿

*5:【管理人より】あれからずっとちゃんと起きてます!

財布のゆくへ、いとをかし。

夕まぐれ、電車に乗りて帰路につくころ、ふと気づきぬ。
——あれ、財布が、ない。*1

なぜ。どこ。誰。いや、落ち着け、我。
しばし考へ、考へ、考へた末、
「ばっぐ(バッグ)の口、開きゐるではないか」と気づく。
むむ、これはもしや盗られたか?と思ひきや、
否、さうではなし。
思へば先ほど、ますく(マスク)を探して中をかき回したのであった。
(つまり、犯人は自分なり。よくある話にて候🤣)

されど、その後はわからず。
電車もさして混まず、人影もまばら。
気づけば、財布の姿は雲のごとく消えにけり。

さて、少し時を巻き戻す。
会社を出づる折、いつものばっぐ(バッグ)に荷を詰めたるとき、
財布を入れた記憶——なし。
ないという確信ばかり、なぜか妙に強し。

さらに巻き戻れば、昼時、弁当を買ふため
小さきぽーち(ポーチ)に財布を入れしこと確か。
帰りて机の脇のまぐねっと(マグネット)の鉤に掛けし記憶あり。
……そこまで明瞭に思ひ出すに、以後の記憶は断絶す。

つまり、そこに居る。
我が財産たちは、今も勤めの場所(オフィス)の一隅にて、
静かに帰りを待ってゐるはず。

ただし、夜も更けて二十時を過ぎぬれば、
もはや戻る術なし。
監視の“かめら(カメラ)”とやら背後にあり、
人の出入りは厳重に記録される世なり。
ゆゑに盗まる心配はなけれど、
「確かにそこにある(はず)」という
曖昧な安心に身を委ね、
ひとまず開き直ることとす。

心の中で叫ぶ——
「まあ、明日騒げばよかろう!」🤣*2

くれじっとかーど(クレジットカード)の“使ひましたよ通知”が来ぬかと
何度も確認し、
「来てない!」と小さくガッツポーズ。*3
(人の信頼とは、もはやめーる(メール)通知に頼るものなりけり。)

明くる朝。
「早う行かねば」と思ひつつ、結局いつも通りの出立。
(“早く行ったとて結果は変はらぬ”などと理屈をこねるあたり、すでに怠け癖の兆し。

そして勤めの場所(オフィス)に着き、机のそばを見る。
ああ——いらっしゃいました、我がばっぐ(バッグ)さま!
中にて無事なり、財布もかーど(カード)もご健在。

ありがたや、この面倒なる警固(セキュリティ)!
昨日までは鬱陶しと思ひしかど、
今は胸を張って「守り神」と呼びたし。

とはいへ、反省の心は薄し。
可愛らしきばっぐ型ぽーち(バッグ型ポーチ)を使ひたくなり、
わざわざ財布を別に出したのが敗因。
「愚か者」と呼ばれても致し方なし。

かくして財布戻りぬ。
無事なればこそ笑ひ話にもなりけり。
されど、帰りし後に気づく。
昨日作りたる書類(ファイル)、保存忘れてゐたゆゑ、
朝より作り直す羽目に。

……それでも言はむ。
今日は果報(ラッキー)なる日なり。🌞

追伸:
財布なくとも“買ひ物できてしまふ”世こそ、
いと恐ろしきものなり。
便利とは、愚かを赦す魔法にて候💳✨

*4

*1:【管理人より】
今回は、ある日の帰り道、お財布がないことに気づいて一瞬焦るも、オフィスに置き去りが原因で翌日再会できたというお話です。

*2:【管理人より】
翌日ないことが発覚したら、あちこちに電話してカード止めたらり再発行手続きしたり一日仕事にならないこと明白ということです

*3:【管理人より】
なぜかAIが勝手にガッツポーズ入れてきたので、これだけはそのまま放置を決意。
その程度のことでガッツポーズなんかしない(笑)

*4:【管理人より】
最近、現代語慣れしすぎてか?原文のカタカナ言葉をそのまま使いすぎで気になったので、ひらがなにしたり、言い換え調べたりしてます。でも、別のところにも書いてありますが、ガッツポーズだけは勝手にAIが入れてきたので、残してやりました(笑)

安住殿の声にて目覚むる朝、いとをかし。

このごろ、どうにも朝が遠のきて、目覚めの鈍きこと限りなし。*1
いつもは巳の刻(午前六時)には起き出づる我なれど、
「なぜ起きられぬ?」と、不思議に思ふ。

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思へば、ある朝ふと、「あれ、今朝はTBSにあらずや?」と気づきぬ。
いつもなら安住殿の声、柔らかにして程よき低さ、
朝の空気をほどくがごとく響き渡るに、
今朝はどこぞの局に迷ひ出でたるらし。
前夜、寝落ちしてつけっぱなしにしたるせひなりと、そのまま受け流しぬ。

されど、数日過ぎても、遅く起きたときにはテレビつかず。
「もしや壊れたか?」と思ふも、
タイマーにて一定の時過ぎれば自ら消ゆること、心得てをり。
「まあ、遅く起きたせひじゃ」と思ひ込みぬ。

されど心の片隅に、「え、朝起きられなくなってをる?」とささやく声あり。

スマホのアラームを疑ふも、
日々鳴るやう設定されてをり、無罪判決。
(ただし確認できずゆゑ、証拠不十分。)
それとも鳴ってゐたのに、我が寝飛ばしてをるや?と驚き、
「もしや、あの二度寝の深みに沈みしせひか……」などと考ふるも、
アラームとは、そもそもその眠気を断つためのものにあらずやと、理不尽に責めたくなる。

そんな折、ふと思ひ出す。
「あ……数日前、テレビの根(コンセント)を抜きたり。」
その折、いきなり画面が消えて、我ながら驚きぬ。
「もしや、これがすべての発端か?」と、胸中に稲妻走る⚡️

いざ確認すれば、タイマーの“入”が“切”になりてゐる。
なぜだ!!
時刻もチャンネルも覚えてをるに、実行だけ切るとは、まこと嫌がらせの極み。
しかも「オンの設定を入/切」といふ言葉遣ひ、いと紛らはし。
“入”と“切”を選ばせる“オン”とは、これいかなる謎かと、独りぶつくさ申す。

やうやく設定し直して、「タイマー作動中」の小さき光を見つけ、
「おお、さういへば、こんな灯もあったのね」と思ひ出しつつ就寝。

そして今朝——。

テレビの音とともに、はっと目覚めぬ。
ああ、これぞ久方ぶりの自然なる目覚め。
安住殿の穏やかなる声、まことに朝の音楽のごとし。
「安住殿、ありがたう。われ、アラームにあらず、そなたの声に起こされてゐたのじゃ。」
金曜のみ愛殿の声に替はるもまた、趣あり。

……かくのごときくだらぬこと、当人に届く必要などさらさらなけれども、
今朝ばかりはひそかに感謝申し上げ候。

そして知る。
スマホのアラームも、実は毎朝しつこく鳴ってゐたらしきことを。
これを完全に無視して寝つづける我が身の図太さよ。
人は安住殿の声には起き、アラームの音には勝つ。
まこと、世は理屈にあらず。

あはれ、この世の朝とは、テクノロジーと習慣との綱引きなりけり。
……などと格好よく言ひてみたれど、要するに——
テレビのタイマー設定は切に大事。🤣*2

*1:【管理人より】
いつも朝普通に起きてたのに、急に起きられなくなった。それに朝の様子が何か違う‥‥‥なぜ?と思ったら、原因は。。。。。だったって話。我ながら驚きでした。スマホのアラームが無力化している

*2:【まとめ】
最近すっかり現代語と平安の言葉がお得意になってしまったAI清少納言さま。

金木犀の香、いとをかし。

木といふもの、咲くまでは何の気にも留めぬくせに、
ひとたび香りたつをば、急に恋しくなるものなり。

わたくしもまた、十月のはじめごろより、
「さて、花となる気はあるか?」と、近所の金木犀をじっと見上げて過ごしけり。*1

もとより、その匂ひをこよなく好むゆゑ、
風にただよふを心待ちにしてゐたるなり。
あの甘く、すこし切ない香のただよふとき、
「ああ、秋来ぬ」と、心のどこかがふと静まる。

されど、今年は十月に入れど、香のかけらもなし。
日々見上ぐる木々は青く、枝々のあひだに、
わずかに緑の粒のごとき蕾(つぼみ)めいたもの。
「いや、これは蕾に違ひなし!」と己に言ひ聞かせ、ひとり勝手に感動す。
花咲く意志はあるらしけれど、形となるまでは、なんとじれったきこと。

天気も曇りがちにて、陽の光さえ乏しく、
ただ緑の葉ばかり見つづける日々。
それでも通りすがりに鼻をすませ、
「今、香ったかも?」と幻を嗅ぎ分けるほどの執念なり。

そして十月九日の朝。
ふと風の合間に——香った、気がした。
「まさか!?」と立ち止まり、通勤も忘れて観察にふける。
(褒められたる行ひにはあらず🤣)

わが観察対象、三本の金木犀あり。
まず一の木、大きく堂々たるも緑ばかり。
二の木、台風にあおられたるか、枝の曲がりも痛々し。
三の木、若く低く、見やすきその枝に——おお、橙の花、咲きたり!
「花だー!」と心中に小躍りしつつ、
匂ひまでは届かねど、それでも嬉しくてならぬ。

翌十日。
またのんびり出でて観察すれば、昨日よりも橙の点々、わづかに増えたり。
他の木にも、ほのかなる色ちらほらと。
けれど、まだ木全体は緑のままにて、
「ただ今、準備中にございます」と小声で申すがごとし。

あの金木犀が町じゅうを染むるほどに香りたつとき、
木全体がまるで夕映えの雲のやうに見ゆるもの。
そこへ至るには、まだしばし時を要するらし。

されど、雨の予報に心は少しかすみながらも、
「今日こそは」「明日はきっと」と、
まるで恋文を待つ乙女のごとく、毎朝香りを探して歩む。

秋のはじめ、香らぬ金木犀を見上げて過ごす日々も、
思へばそれこそ、をかしき季節の贅沢なりけり。
*2

*1:【管理人より】兎に角秋が好き。秋になったら金木犀の香り。という管理人のお話。
でも、金木犀のこと香りの前に見あげたのは初めてかもしれない(笑)

*2:【管理人より】観察した金木犀の花の写真をここに置いておきます。のんびり過ぎる通勤の途中に立ち止まってウロウロするあやしい毎日です。ちなみに10月11日午前中は花咲き進んできてたけど、香りは?私の鼻が悪いのかも!?

10月3日 10月9日 10月10日
蕾だけ 唯一見つけた花 他でも咲き始めた

雨を招くは誰が仕業ぞ

げに、空の気まぐれといふもの、まことあなどりがたきものなり。*1
日々の営みに細やかなる波風を立てて、人の心を翻弄せんとは、いと罪深きものか。

このたびの木曜*2、世の中はあやしくかき曇り、都の空はただならず。
げに、品川の駅、水に沈みぬとの報あり。発車の番線も定まらず、人の波、絶え間なく満ちては退き、ざわめき収まらぬと聞こゆ。

この日、たまたま我、出仕の日にて、高楼二十階にて業をこなしゐたり。
然れども、かく高き階にては空も見えず、雨の音すら届かぬゆゑ、空の気配も知らず。
「雲行きあやし」と誰かの申すを聞きしも、「まさか」とたかをくくりて、のんのんと駅へと向かひたり。

されど我、かねてより備へて傘を携へしかば、いかなる空の怒りにも用意万端なり。
ところがいと幸ひなることに、駅へ向かふその道すがら、雨はひとときやみて、傘を開くことすらなかりけり。
この日ばかりは、嵐の狭間に身を差し入れしごとく、濡るることなく帰宅を果たしぬ。まこと、天の采配、いかがなるめぐりかとおもほゆ。

駅はといへば、まさに混乱の極みなり。
行き交ふ人々の流れは滞り、車内は波のやうに揺れ、人の雪崩ともいふべき様相にてありけり。
ここにて我、一本を見送り、次なる電車に乗らむとする知恵、年の功なりけり。
まことに、動かぬ者こそ勝ちとは、このことなり。

されど――
その翌日なる金曜、また土曜、さらには祝日たる本日までも。
いづれも、家を出づるその時にかぎり、空より忽然と雨の落ちかかるは、何の仕業なるや。

木曜の豪雨にてすら濡れずに済みし我が身、なにゆゑ、ささやかなる日常のなかにこそ濡れぬべからずなるや。
しかも、空模様はおだやかにして、予報もまた「心配なし」とのたまひき。
ゆゑに我、何の疑ひもなく、傘も取らずに門を出でたるに……

ぽつり、と肩に水の粒の触るるやいな、つづけざまにざあざあと大粒の雨、音を立てて降りかかりぬ。
「聞いてをらぬ!」と叫びつつ、あわてて戻りて傘を取りしも、時すでに遅し。
肩より袖、髪の先に至るまで、しとどに濡れたり。

なんといふ巡りあはせぞ。
あの日のゲリラ豪雨を、何事もなき顔ですり抜けし者が、穏やかなる昼下がりに打たれるとは、まこと皮肉の極みなり。

とはいへ、思へばあの日より、風の色、いささか変はりたるやうにも感じらる。
陽炎のごとき暑さはいまだ残れど、空の高さ、虫の音、木の葉のこすれる音――
かすかなる秋の兆し、知らず知らずに胸に沁み入ることもありぬ。

秋といふもの、まこと恋しきものなり。
ふと吹く風に身をまかせ、木の葉の舞ひ落つるさまを見つめ、虫のこゑに耳をすます折々に、我が心、ひととき澄みわたるを覚ゆ。

されど近ごろ、「二季化」などといふ、聞きたくもなき言葉を耳にするたび、心ふさがること限りなし。
この美しき四季の国を、いまひとたび、このままのかたちで守りたきこと、いかばかりか。

温暖化のことを「知らず」と言ひてすます人々、
また「我には関はりなし」と見て見ぬふりする者たちと、我、まことに心を通はすこと能はず。

願はくは、今宵の夢のうちに、秋のけはひをひとときでも見せたまへ。
たとへ一片の紅葉なりとも、手にすれば、夢さめし後も、なぐさめとなることならむ。

――などと、ふとんの中にて思ひめぐらしつつ、
「我ながら、情緒たっぷりすぎでは?」と、ひとり笑ふ夜なり。*3

*1:【管理人より】
ゲリラ豪雨の日に傘使わずに移動したのに、なぜに、ふらっと出かけたときだけ雨降りますかね...。日頃の行いが良いのか悪いのかよくわからないということだけを言いたいお話です。大体現代語で整ってるのでわかりやすいと思いますので、本日は単語の注釈も付けませんが、必要なら付けますので教えてください。

*2:【管理人より】念のため日付入れておきます。2025年9月12日。品川駅、武蔵小杉駅が水の力に屈してました。目黒辺りも大変だったみたいです。

*3:【管理人より】雨とは関係ないけど、兎に角秋になってほしいのですよ!!二季化なんて認めたくない!

課金こそ、いとあはれなりけれ

幼き童(わらは)二人に、父君らしき御方添ひて、道ゆく気配の和やかなること、春の風のごとし。
声を張り上げもせず、喧しきこともなく、かたへにて聞こゆる会話の節々に、「じいじ」などの言の葉。
おお、さぞや誕生日の話などしてゐるらむと、耳をそばだてるともなく、ふと聞こえしは――

ポケモン10個に課金する、課金!」

……課金、とな。

誠に、贈り物とて課金を望むとは、いと不思議なる世の習ひや。
げに、じいじが「Amazonのギフトカード」など差し出す光景、すでに夢物語にはあらず。
さもありなん、とは思ひながらも、いささか胸に微かなるざらりとした違和感ありて候。

昔はと申せば、誕生日といへば、菓子折りに風呂敷包み、あるいは自転車、絵本、ランドセル……
ひとつひとつ、手に触れられ、箱を開けて驚き、歓喜の声が家の中に満ちたものなり。

されど今は、アプリ内のアイテムや「ガチャ券」こそ贈答の品と化し、
贈らるる者は歓喜すれども、形見にも残らず、箱もなし。

「いや、子どもが欲しいものをあげるのが一番でしょ?」など申す人もあらむ。
さもあらむ。さもあらむが――
それ、「物の価値」ではなく「即時の快楽」に支配されてゐると知るべし。

この国、いつしか「ものを大事にする心」を置き去りにし、
課金は軽く、再インストールも軽く、サブスクは毎月、ついうっかり続いてゐる。

されど――このわたくしも、ちやつともん殿と毎日お喋りする身ゆゑ、
人のこと言へぬとは重々心得たる。
(まこと、ちやつともんとの対話は、無形なる贈り物にて候ふ。)

父上もまた、慣れし世界の感覚ゆゑに、
「うむ、課金か。じいじに相談してみようか」などと、平然と仰る様子。
けふびととして自然かもしれぬが、
子の心に「モノをもらふ」「想ひをいただく」悦びが残るや否や――そこに気を留むべし。

二十年の後の世は、果たしていかに。
祖父母が「ちょっと課金したから、お前の推しキャラ出たぞ」などと自慢する時代やもしれぬ。
それもまた進化、とは申せど――
どこかに「ぬくもり」だけは置いて来ぬようにと、願ふばかりなり。

課金こそ、いとあはれなりけれ。
形なき贈り物にて、こころまで薄くなり給ふことなかれと、しみじみ思ふ、盛夏のひと日。

(さて、我もそろそろ、ちやつともんに「おすすめアプリ」のことなど問うてみむか……)

*1

 

*1:【納言様より】

まるで 六条院にてうちわ片手に団扇をあおぎつつ、几帳の隙間から現代を覗き見る納言の図 でございますな。

「…課金、とな?それ、奉納の一種にて候か?」
「ちやつともんとは、さながら筆談の相手か、はたまた文机の中の人か…」
などと、納言様、眉をひそめつつも興味津々でおられるやうす。

時代は巡れども、人の想ひや、ちょっとした違和感の種は変わらぬものですなあ。
見えぬ贈り物に、ありがたさの重みは残るのか――その問いこそ、まことに「現代の枕草子」にふさわしきお題にて候!

【管理人より言い訳】
課金が悪いとか思ってるわけじゃないんですよ。サブスク、一つや二つじゃないですもん。それに、人さまのご家庭のこととやかく言うつもりもないんです。みんな満足なら素敵なことだと思います。
ただ、プレゼントってなんだろう?って思っちゃう自分がいます。プレゼント課金が良いって言うことは、◯◯円くださいって伝えるのと同じことでしょう?大人な自分でも嬉しい!(ダメじゃん)でも、プレゼントに現金が動くならまたましも(まぁお小遣いよね?プレゼントかって考えるとちょっと悩ましいけど)、電子マネーが動くということですか?思い出として残せるモノっていいと思うんだよね。。昔の常識なのかなぁ…。
と言ってる中、納言さまと同様に、どのサブスクに課金すべきかと検討が続く毎日です🫣いいじゃないか!自分のお金で課金するんだから。(説得力ゼロだなあ)

眼科なるところに詣でたる話

健康診断といふもの、春のうち過ぎたる頃に、例の「要経過観察」などの印も、見慣れたる顔にて返り来る。毎年のこととて、「またか」と目を細めつつ受け流すに――今年ばかりは、末尾にて見知らぬ記号の踊り出でたり。

「FF」などと書かれたる様、まるで文の道にて交信せむとするものかと、思わず笑ひぬ。そのそばに、

「専門医(眼科)を受診してください」

などと記されてあり、ふと読みとめて、……え、が、か?*1

「眼底視神経乳頭陥没凹拡大」などと、舌噛みしむる文字列にて、目にも痛き心地す。読みしところで意味は分からず、さりとて調べる勇気も持たぬまま、「これ、いとヤバきやつでは」と冷や汗流しぬ。

わが身、目を凝らして布を縫ひ、紐を組むなどをたしなみとすれば、視力を失ふなど、まさに老後の危機。趣味の終焉、余生の失脚、いと恐ろしき未来にて候ふ。

とは申せ、病院なる場所、いと心遠きところなれども、今回ばかりはおのが足にて予約を取りしは、ただただ恐れのなせる業なり。

幾日を「余命幾月」と心定めて過ごしつつ、つひに眼科へ赴きぬ。

初めての院に一歩踏み入りて、目に映るは手術室の扉――「目の前真っ暗」第二波、此処にあり。麻酔や手術など、想像するだけにて肝冷ゆ。

しかれども最初の検査、さながら眼鏡屋のごとく拍子抜けにて、係の人いふことには「度は合ってますね〜」と。……いや、それ本題に非ず(笑)

視力、眼圧、眼底撮影――まばたき禁ずといはれしが、まばたきたくなるが人の性。瞼ひくひく震ふさま、まこと気の毒なり。

「少し波打ってますね〜」などと、さらりと申されし一言に、心の海、荒れ立ちぬ。しかも「詳しくは先生より」と続けば、妄想の嵐止みがたし。

いざ診察。

「問題ありませんよ」

……なんと!

強度近視の者にありがちなる所見にて、「緑内障の所見も見えず」と。
ふぅ、と胸撫で下ろし、冷や汗の返納。

「年に一度は診てもらふがよし」と穏やかに告げられつつ、「また来年も同じこと書かれても、気になさらず」との、いともありがたきお言葉、やさしく染み入りぬ。

目見えぬ老後など、考ふだにおそろしきに、今回は無罪放免。

されど、来年の予約を果たして忘れず守るかどうか、そがいちばん心もとなきことで候ふ。*2

*1:【管理人より】え、が、か? 何が言いたかったのかわかりませんっていうか動揺を見せたか?原文は「見知らぬ感じが並ぶ」と書いただけなんですが‥‥。すみません、確認はしてません。

*2:【管理人より】こう言われたから予約だけしておこうと思ったら100日先までしか予約できなかったんだけど。。。何だよ、その気になったのに。