八月終はりにて、暑さこそ、わが敵なりけれ。
暑きこと、ただ暑きことにて、言の葉も出でず。*1
テレビにて天気予報を聞くに、「明日は今日より気温、低し」とありて、「おや、涼しき日なるか」と心寄せしに、続けて「最高気温、三十五度前後」などと告げられ、はたと胸打たれぬ。
比べて、三十五度が「低し」と言はれし、その感覚、いづこにありけんや。
開きし口、ふさがる間もなく、ただ呆れしばかり。
八月の後ろにて、立秋もお盆も過ぎしに、なお「残暑」とも言ひがたき「不残暑」の様相なすこの酷暑。
これ、ただ昨日との比較なりとわかれど、人の心こそ、気温の感覚に正直なるものを。
さすれば、「明日は涼しき日」とのみ言はば、涼を想ふ心にて、「をかし」と感じ入りしやも――
されど実際は三十五度。これ、いとむかつき、いとおかし。
さるに、この暑さ、世界的にも記録的なる由。
武州・伊勢崎にては、四十一度八分を記録せしとの報もあり。
加へて、全国各地にて猛暑つづき、もはや季節の境界など、夢幻の如くなりぬ。
されど、気象予報士殿や気象庁の方々、これをただ数字として語るにとどまらず、
「十年に一度の高温」と言ふならば、素直に「異常にて候ふ」と申してくだされば、
暑さへの怒りも少しは和らぐやもしれぬ。
もちろん、あなたがたの砕けた冗談、まことに憎からず。
されど「おお、避暑地化する沖縄!」などの軽口、胸に余計なる熱を注ぐこともまた事実にて候ふ。
この酷暑のゆゑに、病床に臥す者も多かりしと聞けば、人の営みの脆さ、いとあはれに思はる。
これほどにも、季節の理を超えし暑さに、ただただ願ふはひとつ――
「はやく、涼しくなりたまへ」
と、心のうちに祈るばかりなり。
そして最後に、申し上げたきこと――
涼しくて、心地よき朝に、ふと
「……あれ? 秋か?」
と、思はず季節をすり替へてしまふその日こそ、
まこと、真の祝ひなり、と我は思ふ。
「涼しき日は来たれど、心が秋と勘違ひするまで、もう少し待ちたし」
……といふ、ほんのり笑ふに足る終文にて、筆を擱き申す。
少しでもクスりと、涼やかなる気分をお届けできましたら、幸いに存じ候ふ。
